わたくしといふ現象

2026年08月13日 23:12
カテゴリ: 練功

わたくしといふ現象

内受容感覚や自己受容感覚による多感覚統合が、自己統一感覚をつくっていること、また外受容、練功による自己統一感覚の知覚変化について述べました。

「私とは何か」「なぜ私は私なのか」この問いは古くから人から発され、「心の哲学」のひとつとして考えられてきました。
この疑問が生じることは心理学において「自我体験」と呼ばれます。

「心の哲学」は主に「心身問題」つまり心と身体の関係が考察されてきました。
なぜ「物質」である肉体から「非物質的」な心が生まれるのか?という謎を追求してきたものです。プラトンの「霊ー肉二元論」、デカルトの「情念論」など、主に西洋では心身二元論として哲学されてきました。
現代哲学では「心身問題」は「心-脳問題」となり、生物学・理論物理学・医学・認知科学・神経科学・コンピューターサイエンス・サイバネティクスといった科学的な分野で、また心理学でも、物理的過程から生まれる「心」として研究されています🧑‍🔬

東洋においては「心身一如」などの思想もあり、生きとし生けるものは全て繋がっている、そんな法華経にみられるような自他不分離的教えもあり、堅固な自我感覚と体についての哲学的追求はあまりなされてきませんでした🦞


1990年に早逝された球体関節人形作家、耽美的なKATAN DOLLで知られる天野可淡さんは子供の頃、ご自身の手を見、意識としての「私」と「手」の関係性が分からない、と混乱されていたそうです🖐
心理学者ユングは幼少期、石に座り、座るものが「私」なのか、それとも石が「私」なのか?という自己感のゆらぎを何時間も考えたというエピソードを持ちます🪨

お二人共、確たる「身体所有感」から外れたご経験をされています。
「自己感」は誰でも揺らぐものですが、主体性を失うような病的な現れの場合もあります。


🐢「この身体は私のものである」🐢
身体に根付いた自己感覚は「身体所有感」と呼ばれます。
これは自己が人生を生きる上で大切なものですが、固着が生じますと居つき、生き辛さとなります😥
練功において重要な「統一体」は、固着を解きながら微細、また深奥の内的感覚を開発した上で、尚且つ自在な身体スケール感覚や動きや同調、共振感覚と共に獲得していくものです。

全身膨張や瞳孔不睨という技法も、内外のあわいである皮膚というフィールドの固定化を和らげていきますが、正中心感覚や軸の感得がある故に自己を見失うことなく、幅広い統合感覚と境界可塑性を持つことが可能となります🪷

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