昔の夢のお話

2026年05月27日 22:24

昔の夢のお話


かつて、仙道を教わりました。
仙道修業はざっくりいうと以下の段階を踏みます。

1. 仙胎 (下腹部にエネルギーの胎児が育つ)

2. 陽神 (仙胎が育ち、光の身体、法身となる)

3. 出神 (陽神を体外に遊離させる)

4. 還虚合一 (更に進み、虚と合一する)



昔、出神の段階がありました。
その時私は「異様に軽い存在」であり、場や物事を明るく良くしたり、体は善いものの導管となったりを行っておりました。
「舞踊で場を良くする」のも楽しかったです✨
そんな状態を「良いなあ」と思い、ただ見守っているだけのよくわからない存在が寄ってきたりしていました。


その後、ある「真言宗のスピ僧侶」の方に出会いました。
何もご存知ないその僧侶の方は仰りました。

「あなたは人として重々しさもなく、フラフラして、グラウンディングが出来ていない。足裏は地にビターッと、吸い付くようについているのが良いのだ。」

私は「そんなものは嫌だし気分悪い。」と思いました。
吹けば飛ぶような薄っぺらいペラペラの紙のようでいいし、断面はエッジが効いて何かを切れる時があっても良いな、そんな感じです。

しかしその僧侶によって、「妖しい」陽神は叩き潰されたようになり、頭にあった「護り」も壊され、私は六道でいうところの修羅や餓鬼などの世界、「地獄の欲界」のようなところに堕とされました。
全身、精神世界の「汚穢」のようになりました。


勝手に見守っていたよくわからない存在は、恨みから魔のようになってしまいました。
そしてそれが「蛇の化身」だったのかな?と思ったのはその後のことです。
体から「蛇」が生まれたりしました🐍
かといって、別に私は「蛇使い」ではなく、蛇を拝むこともありません^^;

その後、医療により疾患認定していただくなどあり、現代の診断基準、DSM5にはもうその分類はありませんが、DSM4に照らし合わせるなら私のような症例は「文化結合症候群」、或いは「文化依存症候群」といえるのでしょう。


今でも、民間信仰化し過ぎ、土着信仰と結びついた密教は苦手です。

武田信玄公は仏教支援者であることを強調することにより、仏教勢力を味方につけておられました。信長公による延暦寺焼討後、敵対表明として「天台座主」を名乗りお手紙を出します。

それに対し、信長公は「第六天魔王」を名乗り、延暦寺復興など許しません、と返書されました。

私はその後、仏道においては大変あさましい、欲望の囚われが酷い「汚穢」のような世界から自身をなんとかしようと正中心練磨を行うこととなりましたが😊
たまに「第六天魔王」に「密教もスピも嫌ーねー😸」と愚痴りに行ったりしておりました。


そして違う形で「煉神還虚」、「虚との合一」

ゼロポイント
を行うのかなあと思っておりますm(_ _)m

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