今日も、信長公と共にただ心から安らぎ、お互い少し遊ぶような、戯れのようなお話を楽しみました🙂
安らぎ方は、ただ何者でもなく遍在のエネルギーとして広がるだけです。
尾張の大殿もまた、その安らぎを覚えてくださりました🌌
近所には大殿の墓所である本能寺があり、市内にも神としてと祀られている建勲神社もあります。
覇王だけあって、市内は信長公の墓所だらけですが(笑)
「神として祀られ鎮座する、といのも悪くないが、それより自由に好きに色々自ら赴きたい♪」そんな自由な信長公です✨
先日、大変色々教えていただけ、無事合宿から帰れたことをご報告に参る予定でした。
ただ少し疲れてしまい、なかなかご挨拶に出向かえなかったところ、私方へ霊として、自ら訪れてくださったのです🕊️
Healing&Amuletのコースの練功や、自身の病やら、日々の何でもないことまで、度々ご報告に訪れていました。
言葉多くせずとも言わんとすることがお分かりになり、私の記憶をご覧になるだけで、様々を知る方です。
訪ねるたびにに
「ほう✨」「ほう!✨」
と興味深く聞いてくださるのです😊
正中心の姿勢が決められた時など、
「ギャップがすごい!👀」
「✨✨✨」
と驚いてくださりました^^
先日は師に、「空間のキエルチ」というものをお教えいただけて、それが遍在よりももっと根源的な、「安らぎ」であることを知りました。
そして今私は、じんかんにおける「自己価値」や、「感情的報酬への欲求」も捨てようとしていました。
信長公はそれがわかり、「あなたにそれはまだいけない!」と、止めに来てくださったのです😥
信長公にとって、「不思議な修業をしている、中身は変わった女童のような者」が時折、何だかんだ報告に来る、それは「嬉しいこと」であったそうです😐
私の病は休養も大変必要なのですが、そのまま独り休んでおりますと、外界との断絶が起こり、内向したまま病状が進行しがちです。
外部刺激にすら反応しなくなるということが起こり得ます。
ある疾患者などは、適切な対応などに興味がない同居家族によって放置されていました。
変わった姿勢で硬直したまま動けず、回復するには手遅れになっていた例なども、割と存在します。
そして、陽性、陰性症状時の周期の波を生きている患者が、能動性を持ち、自ら外界、人に働きかける努力をするということは、健常な方よりも遥かに大変なエネルギーと意志を使わねばならない時もあるのです。
信長公は「働きかけのタイミング」なども外されません。すごい方ですm(_ _)m
信長公がこのように関与くださるようになった経緯もありますが、それもまた記したく思います😊
時々、信長公に動画など見るための目や耳もお貸しし、楽しんでいただいたりもします^_^
私に入っても、信長公は私にとって全く「苦しい憑依」ではありません。
元々エモーショナルな方ですが、このような動画を観て、「美しい」と言ってうち震え、感動の涙を流されたりするような方なのです🥲