遠の感得🌄

2026年08月08日 23:08

遠の感得🌄

植物は天地へ向かい、際限なく伸びていくものに見えます🌳
先に三木先生の著作から引用しましたように、植物の根は私たち動物の「腸管の裏返し」にあたり、拡張した枝から繁る葉は「腸管と肝臓、肺胞の裏側」となります。

植物と動物の成り立ちの違いを「体節からみる」比較解剖では、両者に共通する『栄養と生殖』の器官は、植物では天地の方向へ積み重ねられるように造られます↕
動物では「感覚ー運動」の新興器官にはめ込まれるように、水平方向に造られています↔

植物は消化器官も排泄器官も持たず、根と大地、葉と大気の間は素通しで交流が起こっています。
根の延長として大地を従え、葉の延長として天空を戴き、その体軸は地球を貫く力線と対応し、その生の波は地球が描く螺旋軌道と完全に重なっています。
もし植物に循環路線があるならば太陽を心臓に据えた、天地をめぐる巨大な毛細管の一部となろう、と三木先生は述べられます。

これは植物に大周天的あり方を見たものですが、クラーゲスはその植物のあり方を「その体に"遠"が居合わせている」と表現しました。
かつて地球から「生きた衛星」として分身し、そのDNA螺旋の中には、遠い記憶の物語としての「生命記憶」が刻印され、生態、リズムは宇宙秩序、時空間的「遠」のあらわれそのものでもあります。
クラーゲスはそれを「遠の感得」と呼びました🌌

個の保持と種の保存のために「感覚ー運動」機能を備えることとなった私たち動物ですが、これは「近」に反応、対応するために備わったといえます。

Healing&Amuletプログラムにおいて、站椿功では視点を「無限遠」に置きます∞
以前、瞳孔不睨による全身の緩みや重力に対する背骨のアライメント、掤勁の膨張や張りの強化について触れました。
そして「遠」をみることは、意識拡張の入り口であると思われます🙂
そこには小宇宙と大宇宙の拡がりと奥行きを共に見る心があらわれてきます。意識の拡がりが分かりづらい時は、中庸の手で顔の両横を狭く挟み、また広げるとその視野の拡がりが感覚の入り口となります。
瞳孔不睨もまた、誰にでもできる具体的な良い方法だと思います。

なぜヒトは二本足で立つようになったか、三木先生はその理由を「遠」への憧れや「好奇心」という「人間らしい思い」の結果、と仮定されました😊
「宇宙交響」を行う「植物性器官」が内蔵された胴を開いていき、自由になった手足や「動物性器官」である感覚器を使い、再びリズムとならんとするこの練功を行う時、原初や太古も共に見出していく冒険旅行のような感覚でいます✨


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