ゾーン・ブレス(亜空変遷呼吸法)は行いながら、呼吸と共にあるエネルギーの流れの感覚を身につけていきますが、この呼吸の間というものに「あわい」を思います。
別々に存在する、A、Bの間にあるものが間で、あわいは両者の重なり合いのところを指します。「合わい」「逢わい」が語源のようですが、家屋でいえば縁側が内外の「あわい」です。
東洋医学で腹側は陰、背側は陽とされますが、呼気と吸気が入れ替わる時、始めは何かしら曖昧なものが存在するように感じます。それがそのうち体感としての蓄勁、発勁やエネルギーの湧出や流れも、同時に起こっている感覚が呼吸と重なったものとして感知されてきます。
この行法においても膨張や蓄勁・発勁は条件にかかわらず起こっている状態を目指すので、最終的には呼吸と同化させませんが、過程として大変面白いなあと感じていました✨
このあわいのように感じられる上死点、下死点は、呼吸もまた流れと知り、実際の呼吸が微小になってくると、同時に起こっている「エネルギーの呼吸のようなもの」の方がより実感され、陰陽の源に分かち難いものが現れてくることを知ることが出来ます。
Healing&Amuletプログラムは站椿功で培った感覚のまま動きの中でエネルギーのパイプを太くすることも教わりますが、この動きもまた、はっきり分けられるものではない陰陽の流れのような動きとなっていきます
左手が下がれば右手は上がり、極まればまた右手は上がり左手は下がります🖖
このあわいという転換を持つ、流れとしての陰陽を繰り返しながら、全体性としての深まりに入る妙を味わうことが出来ます🙂
物理的循環の法則同様、動きとして止まって見えても、転換や反転があっても「途切れがない」ことが重視される場面も世の中で色々とあります。
日常の社会生活で保つべき自他の独立、距離の尊重、マナーなどは存在します。しかし「融和」「和合」より「対立」「対比」「競合」等が優先されがちな社会においても、あわいがあることで円滑になることもあるでしょう。
日の出や日の入りもグラデーションのあわいであるように、練功での二元的感覚や分離的感覚を超えていき、根源へと至る窓口としてのあわいの面白味を感じます。
呼吸も日々その時々、同じでははありませんし、自の動きも内外も他もまた、より良く流動变化する豊かなものとして扱えると良いなあと望んでいます✨
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