時々、「そなちゃん」になってみます。
弱ってないかな?痛いところ無いかな?
怖がってないかな?どんな気持ち?
そう思い、合気をしますが、毎度頭を垂れるばかりですm(_ _)m
そなちゃんは家のパトロールもしてくれますし、体調故にお世話が「手薄」になってしまった時も、文句を言いません。
事情がわかり、心を配りながら居てくれます(ΦωΦ))
私が「薄らいでいる」時、よく膝に乗り、「甘え」に来ます。
『行かないでね』『一緒にいてね』😺
その「求めるエネルギー」は、私が苦しくなる程です。
猫ちゃんはよく寝ますが、目を閉じ、ウトウトしている姿は心和みますね🙂
しかしその状態を合気してみると、実際は「凄い眠り方」であることがわかります。
「脳」や「目」は休めながら、意識はかなり広範囲に、空間にかなり緻密な、神経の張りめぐらせ方をしています。
いつ何時も対処出来るように、です。
まるで「もののふの深い深い瞑想」です😧
柔軟な身体、跳躍力、瞬発力、動体視力✨
私はちょくちょく「張りの無い緩み」になりますが、そなちゃんの心が持つ「気合」は、私とはまるで違います💦
「僕が、この人と家を守るんだ。」
お姉ちゃん猫から引き継いだスピリットを堅持しています。
でも「お外」を怖がる、可愛い子です。
そんなそなちゃんが、真に熟睡している姿は私も安心します🙂↕️
いく匹か、猫ちゃんたちを見送りました。
死に挑むときの彼、彼女らのあり方を教えてくれました。
病を抱え、死ぬ時の苦しみはここに表現出来ません。
しかし、ただそのまま在り、「生」の色々を脱ぎ捨てながら、空間は緊密となり、日々鎮まり、厳かになっていきます。
そして、どんどん「澄んでいく」のです。
身体から抜けた後、空間に、ほんとうに美しい色の、大輪の花のようなものが広がります🎇
そしてそのエネルギーはただ、
壮大な「ありがとう✨」なのです。
色や咲き方は「その子」それぞれ違いますが、私と響き合いながら、「魂」がどんなに美しいかを教えてくれました。
今、「そなちゃん」という、この世へのアンカーや結界も、有り難く使わせでもらっています^^;
そしてこのブログを読んでくださる方々と、今、共に「身が有る」ことを喜び🎊、人知れず支えてくださっていることにも、厚くお礼申し上げます🙇♀