練功を進めていると、様々な「自由度」が増すことを実感します。
重力から、重い器としての肉体から、物理的空間から、時間から。
腰腹同量、膨張や足裏のベクトル、そして中庸に向かうに連れ、ああ、これはベクトル平衡体のようだ、と嬉しくなっていました。
既に述べたように、ベクトル平衡体は中庸の極致、動的静止とも言える立方体です。
初歩の膨張は能動性を持って行い、もちろん武術や生活面、物理的にも理にかなった練功でした。縮んだ身体を開き、安定的に立たず、常に微調整を行う站椿功は深層筋鍛錬にもなり、細胞感覚も細かく、鋭敏になります。重心(腹)や軸の確立もここから始まり、脚力で立つという重力から解放されていく第一歩でした。
日常の動きとしても助かります。内気の充実を感じつつ身体全体のバランスを保ち、衝撃分散が可能で、末端まで滞りなく力が伝わり、より大きな出力も可能です^^
勁力を出す基本はこれだったのか、と後に気づきました。
そしてだんだん、平衡へと深化、精緻化が進んでいくと内圧(膨張)と空気圧が釣り合う界面消失の段階に入り、膨張は自力ではなくなってきます。個体感覚は薄れ、波や同調もより強い影響力を持つ実感を得ていきます。
意が他者を含め空間を変化、流動させる楽しさがあり。
そしてベクトル平衡体になるのだなと思い、居つきを解除していました😊
足裏のベクトルなども平衡体へのプロセスといえ、特定の方向に流れず斥力(蹴る)でも引力(崩れる)でもなく、統合されていく。
ベクトル平衡体は瞬時に、あらゆる方向への即応性を持ちます。
居つきがなくなってくると相手が触れた場合。その力は透過、霧散され効力を失い、正中心の姿勢では力はそのまま相手に返る。稽古ではそんなコミュニケーションも楽しかったです✨
自身が空間になり、正中心感覚も強く小さくなってくると、ベクトル平体衡を思い出し、あ、宇宙のグリッドと同期しているのだ。そんな感覚になっていました。
精緻な中庸は単純な「リラックス」とは違い、身体的にいうと高いテンションが全方位に均等にかかっている感覚。
だこらこそ静謐と爆発的エネルギーが混在出来ます。
個の力から場の力となっていき、その「場」も次元的に深化しながら、より微細なものをキャッチ、発するようになりました。
今日は楽しく練功、稽古していた頃を思い出しながら書いてみました🙂
量子的感覚やその先のこともまた記せたら。